不妊治療中にお薬としてピルを出されることがあります。妊娠したいのに「ピルを処方しますね」って、そういえば何だか不思議ですよね。そもそもピルって何なのでしょうか?
避妊に使ったり、不妊治療に使ったり、なぜ正反対の目的に効くのでしょう。
そもそもピルって何?
簡単に言うと、妊娠しているようなホルモン状態を作って「排卵を抑える(卵巣を休ませる)」薬です。女性の性ホルモンバランスは、生理周期初め(排卵前)は卵胞ホルモン(エストロゲン)の量が多く、排卵後は黄体ホルモン(プロゲステロン)の量が増えます。脳はこのホルモンバランスを見て卵胞を成長させたり排卵を指示したりします。妊娠すると黄体ホルモンの量はそのまま増え続けます。妊娠中は新たな卵胞は必要ありませんから、その情報を受け取った脳は新しい卵胞を成長させる指示を出さなくなります。
・黄体ホルモン量目安
排卵前:1mg/mL以下
排卵後5~7日目:10mg/mL以上
妊娠前期:~40mg/mL
ピルにはこの黄体ホルモンが入っています。ピルを服用し生理周期初めから黄体ホルモンの量を増やすことで、脳は「今は妊娠を継続するとき」と考え新しい卵胞を育てる指示を出しません。卵胞が成長しないため排卵が無くなり妊娠しません。これが避妊目的で処方される場合のピルです。
何が入っているの?
ピルには合成の卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモン(プロゲステロン)が含まれています。どちらも脳下垂体からの指示を受けて卵胞から分泌されるホルモンです。エストロゲンは子宮内膜を厚くしたり、妊娠までの準備に深くかかわります。プロゲステロンは、子宮内膜を維持したり妊娠を継続させるために大切なホルモンです。
新しい生理周期が始まると、脳の視床下部から下垂体へ、下垂体から卵巣の卵胞へ向けて「卵胞を育てるよう」指示が出ます。下垂体から指示を受けて卵胞が育ち始めると、卵胞からエストロゲンが分泌され子宮内膜を厚くしたり、視床下部に向けて「卵胞が育っている」ことを伝えます。エストロゲンの量が一定以上になると、今度は視床下部から下垂体に「十分育ったから排卵するように」指示が出されます。すると下垂体から卵胞を刺激するホルモンが大量に放出され(LHサージ)排卵します。
排卵されると、卵子が入っていた卵胞は「黄体」に変化し、今度はエストロゲンにかわって妊娠維持を助ける黄体ホルモン(プロゲステロン)を多く分泌し始めます。もし妊娠すれば黄体はそのままプロゲステロンを出し続け、妊娠8週頃からは黄体に代わって胎盤がプロゲステロンを多く分泌します。妊娠しなければプロゲステロンの分泌は徐々に減り、子宮内膜が剥がれ次の生理周期が始まります。
ピルを服用することで、本来エストロゲンが多くプロゲステロンの少ない生理周期の初めからプロゲステロンの量を増やします。その情報を受け取った脳は「今は妊娠を継続する時」と考え、新しい卵胞を成長させる指示をだしません。卵胞が成長しないのでその周期の排卵もなくなります。「妊娠を継続する時」と思わせるためにはプロゲステロンだけを入れれば良いような気がしますが、プロゲステロンはエストロゲンがあることでその作用を強めます。ですので、ピルには両方のホルモンが含まれています。
どんな種類があるの?
卵胞ホルモン量による分類
含まれている卵胞ホルモン(エストロゲン)の量で
高用量ピル
中用量ピル
低用量ピル
の3種類に分けられます。
不妊治療に使われることが多いのは中用量ピルです。中用量ピルには1錠あたり「50μg(マイクログラム)」の卵胞ホルモンが含まれています。それ以上含まれるものを高用量ピル、それ以下のものを低用量ピルとしています。最近では、低用量よりさらに含有ホルモン量の少ない超低用量ピルもあります。ピルに使用されている卵胞ホルモンは「エチニルエストラジオール」や「メストラノール」などの合成ホルモンです。
黄体ホルモンの種類による分類
その他、含有する黄体ホルモンの種類によって、
第一世代
第二世代
第三世代
のピルに分類されます。
第一世代
その名の通り一番最初に開発されたピルです。このピルに含まれている黄体ホルモンは「ノルエチステロン」です。ノルエチステロンは作用が弱いため、より強い効果を得るためには量を増やすだけでなくそれに比例して卵胞ホルモン(エストロゲン)含有量も増やさなければなりません。単に黄体ホルモンを増やしただけでは、効果が増える訳ではないので す。ピルの副作用として挙げられているものの多くはこれらエストロゲン・プロゲステロンの影響によるものですので、高用量ピルで一番副作用が出やすくなります。
(例:ソフィア 下表)
第二世代
より少ない含有量で効果のある黄体ホルモンの開発が行われ、できたのが第二世代のピルです。
「レボノルゲストレル(低用量)、ノルゲストレル(中用量)」という黄体ホルモンが使われています。
第二世代のピルでは大幅にエストロゲンの含有量が 減りましたが、一つ欠点として第一世代の黄体ホルモンより「アンドロジェン作用」が強く出てしまうことがありました。男性ホルモンであるアンドロジェンが活性化されることにより人によってはニキビや体毛が濃くなるなどの副作用が見られます。
そのため、第二世代のピルでは黄体ホルモンの含有量が低く抑えられています。
(例:プラノバール 下表)
第三世代
これら第一、第二世代ピルの欠点を補うよう開発されたのが第三世代ピルです。
第三世代で使われている黄体ホルモン「デソゲストレル」は最も作用が強く、少ない卵胞ホルモン量で作用するため、含有されるエストロゲン量が少なくなっています。また、第三世代の黄体ホルモン(デソゲストレル)は第二世代の黄体ホルモン(レボノルゲストレル)に比べアンドロゲン作用が低く男性化作用などのデメリットが軽くなっていますが、血栓症などのリスクが少し高くなっています。
(例:マーベロン 下表)
どうして不妊治療に使われるの?
ピルを不妊治療に使う目的は大きく3つあります。
(1)上手く排卵されず残っていた卵胞を消して次の周期に向けてリセット
何らかの原因で前の周期からの卵胞が残っている(遺残卵胞)ことがあります。すると新しい卵胞の成長の妨げになったり、成長した卵胞があると体が勘違いして排卵が早まるなどのトラブルの元となってしまいます。そこでピルを服用してその周期の排卵を止め、翌周期に新しい卵胞を育てられるように調整することを「リセット」と言います。
(2)人工的に生理周期を作り、次の生理(排卵)を起こす目的
卵巣機能の落ちている方、年齢の高い方の中には、自力での排卵が難しく生理周期も不規則な場合があります。そのような場合にピルを服用してリズムを作り、排卵・生理が来るようにします。
(3)移植後の黄体補充目的
体外受精などで「胚移植後」にプラノバールなどのピルを処方されることがあります。ピルに含まれる黄体ホルモンのプロゲステロン作用に期待して、子宮内膜の維持や着床サポートのために使われます。生理周期の初めから飲み始めると排卵を抑えて避妊に作用し、排卵後に服用すると着床維持のためになるなんて、女性ホルモンの複雑で精巧なバランスに驚かされます。
ほかにも、PMSの改善、子宮内膜症、更年期障害など、広く婦人科系の治療にも使われるピル。上手に付き合っていければ私たち女性の生活を過ごしやすく手助けしてくれる薬でもあります。女性の身体について勉強するほどに、命を生み出す女性の身体のシステムの美しさに感動さえ覚えてしまいます。こんなに複雑なことをしてくれているのですから、ストレスや環境の変化を受けやすいのも当然ですね。ときどき「お疲れ様」って美味しいものを食べたり、思いっ切りごろごろしたり、こころもからだもねぎらってあげましょうね。
鍼灸師 村上 華子
参考引用:「LIFE」ピルの種類
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