耳鳴りとは、耳の中、あるいは頭の中で本来ないはずの音が聞こえている状態を言います。
蝉が鳴いているような「ジー」という音であったり、高音の「キーン」という音であったり、低めの「ゴー」という音であったりします。
ときには音楽のように聞こえたりすることもあります。
耳鳴りによって不眠や鬱にまで発展することもありますが、ご本人のつらさが客観的に分かってもらいにくいため、患者様の精神的苦痛が増すケースが多いようです。
ここでは耳鳴りの分類、原因、各治療法と最後に私たちの専門領域であります鍼灸による耳鳴りの考え方を書きました。
耳鳴りで悩んでいる多くの方の参考となれば、幸いです。
耳鳴りの分類
耳鳴りには、まず大きくわけて2つの分類があります。
他覚的耳鳴り
他覚的耳鳴りとは、外部からも聴くことのできる耳鳴りです。つまり、実際に聞こえる音ということです。
耳のそばに聴診器を当てたりすると他の人も聴くことができます。
音の原因は耳の中の筋肉の痙攣、鼓膜の異常、顎関節の発する音、血管の拍動などが考えられます。
中でも血管の拍動による耳鳴りでは、血管の病変が考えられます。
これは、脳に向かう動脈に瘤ができるなどの理由で雑音が起こるものです。
この音は、心臓の拍動に合わせて聞こえるのが特徴です。
このような場合は血管が裂ける危険性があるので、すぐに脳神経外科や耳鼻咽喉科を受診してください。
自覚的耳鳴
自分にしか聞こえない耳鳴りで、ほとんどの耳鳴りはこちらに属します。
難聴をともなうことが多く、難聴の程度もほとんど自覚のない軽いものから、生活に支障をきたすほど重いものまでさまざまです。
人口の1割か2割の人は耳鳴りを経験するといわれ、65歳以上では3割もの人が耳鳴りを経験しているといわれています。
とはいえ、その全ての人が耳鳴りに悩まされているわけではありません。
耳鳴りがあっても気にならない人も多いのです。なお、非常に静かな環境にいると「シーン」という音が聞こえることがありますが、これは生理的な耳鳴りであり、全く問題ありません。
耳鳴りの原因
耳鳴りの原因は、耳の病気や全身の病気である場合もあります。
あるいは薬の副作用としても起こり得ます。
ただし、原因が特定できない耳鳴りのほうが多いのも事実であり、これが治療を難しくしています。
耳の病気による耳鳴り
耳鳴りを起こす病気としては、内耳炎、滲出性中耳炎、耳垢塞栓(耳垢が耳道をふさいでしまうもの)、耳管狭窄症、耳硬化症、メニエール病、老人性難聴、突発性難聴、聴神経腫瘍、外傷(耳そのものの怪我)などがあります。
難聴を起こす病気はすべて耳鳴りを伴う可能性があるということです。 耳の病気による耳鳴りは、原因となる耳の病気が治ればなくなります。
このうち、病気と言い難いのは老人性難聴で、30代を過ぎると誰でもなりうる加齢変性といえます。
音を感じるのは内耳の蝸牛管の中にあるコルチ器という部分です。
ここには有毛細胞があり、振動を感じ取ります。その振動の周波数が脳に伝えられることで音として認識されるのです。
加齢にしたがって高い周波数の有毛細胞が脱落し、高音が聴こえにくくなってきます。
これが老人性難聴です。耳鳴りや難聴以外の症状がなければ心配はありません。
耳の病気以外で起こる耳鳴り
耳の病気以外でも耳鳴りが起こることがあります。
むち打ち症、顎関節症などで強い耳鳴りが出ることが知られています。
これは、内耳の神経と首の筋肉に密接な関係があるためで、むち打ちでは6割の患者様に耳鳴りが起こるというデータもあります。
また、薬の副作用によって耳鳴りが起こる場合もあります。
かつて結核患者の多かった時期、特効薬としてストレプトマイシンがよく使われました。当時「ストマイ難聴」という言葉ができたように、ストレプトマイシンやカナマイシンなどの抗生物質の副作用として難聴が起こり、耳鳴りを伴うこともあります。
一部の抗がん剤や利尿剤(高血圧の薬として使われることも多い)も耳鳴りを起こします。
ドロドロ血を防ぐと言われるアスピリンも、たくさん服用すると耳鳴りが起こることもあります。
アスピリンの副作用にはこのほかに胃腸障害などもありますから、医師の処方以外の服用はお勧めできません。
これらの薬による副作用で起こる耳鳴りは、服用をやめることで治ることもありますが、治らないこともあります。
耳鳴りはどんな検査をするのか
耳鳴りの原因を特定するため、様々な検査がなされます。
検査の分類は、大きく分けて聞こえの検査である音響検査と、レントゲンなどの画像診断に分けられます。
音響検査
純音力検査
125ヘルツから8000ヘルツまでの7種類の音を聴かせ、聴力を調べる検査です。
単位はデシベルで、健常者が聞こえるぎりぎりの小さな音を0デシベルとし、これと比較して何デシベルの聴力があるかを調べます。25デシベル以上は難聴と判断されます。
ピッチマッチ検査
ピッチとは音の高さのことで、高さをマッチさせる検査なのでこう呼ばれます。
自分の聞こえる耳鳴りを検査機械の音と比べ、その高さを調べます。
場合によっては耳鳴りの音色を調べることもあります。
この検査により、耳鳴りの原因になっている部位の推測ができることもあり、難聴との関連もわかります。
ラウドネス・バランス検査
耳鳴りの音の大きさを測る検査です。自分の聞こえる耳鳴りの大きさと、検査機械の音を比べて耳鳴りの音の大きさを調べます。
多くの場合、耳鳴りはごく小さな音です。
ささやき声は20デシベル前後ですが、耳鳴りは10デシベル以下の大きさであることがほとんどです。
遮蔽検査(マスキング検査)
耳鳴りの音より大きな音を聴かせることで耳鳴りの音が消えるかどうか、消える場合はどのくらいの大きさで消えるかを調べます
。聴かせた後、どのくらいの時間耳鳴りが消えたままになるか、消えないまでも小さくなるかなどを調べます。
ABR(Auditory Brainstem Reflex 聴性脳幹反応)
音を聴かせて脳波をみる検査です。電極を頭、額、耳などに貼り付けて検査します。
脳幹での起こる脳波を測定するのですが、非常にわずかな反応であるため、何度も音を聴かせて脳波を記録します。
大脳や小脳の反応をみるわけではないので、本人の意思と無関係に反射が出ます。
そのため、聞こえたかどうかを伝えることのできない乳幼児などの聴力検査としても使われます。
耳鳴りの検査で使われる場合は、主に聴神経腫瘍の存在が疑われるケースです。
最近はMRI(核磁気共鳴装置)によって小さな聴神経腫瘍も見つけることができますが、MRIに比べて検査費が安いわりに比較的よく診断できるので、現在もよく使われています。
また、聴神経や脳幹の異常もこの検査によって見つけることができます。
音響インピーダンス
耳における音の吸収度を測る検査です。
主に2種類あり、中耳の状態を見るチンパノメトリーと、音に対しての神経反射を見るアブミ骨筋反射検査とがあります。
- チンパノメトリー
鼓膜の動きが大きいほど、音が多く中耳へ伝えられることを使った検査です。 鼓膜の奥にある中耳にも空気が入っていて、耳管によって咽頭とつながっています。この中耳の空気の気圧が正常であれば外の空気、つまり大気とおなじ気圧になっているはずです。そして、その気圧で鼓膜がもっともよく動きます。ところが、耳管の機能が悪いと中耳の圧が異常になります。内耳と外の空気圧が違っている状態は、健康な人でも一時的に体験するものです。たとえば、飛行機の離着陸時や高速のエレベータで急激に気圧が変わったとき、耳の奥に違和感を感じることがあります。健康な人ならごく一時的な現象で唾を飲み込んだり、口を大きく開くことで耳管が広がり、気圧が一致します。 この耳管の機能が正常かどうか、外耳道の気圧を変化させながら検査し、もっとも鼓膜がよく振動する圧を調べます。これにより中耳の状態が分かります。
- アブミ骨筋反射
耳小骨筋反射とも言います。鼓膜を振動させた音の信号は、耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)に順に伝わり、内耳の蝸牛に到達します。このうちアブミ骨には、急に大きな音を聞いても耳が壊れてしまわないように、大きな音を防御するための筋肉がついています。いわばボリュームを調節する装置です。これは無意識に起こる反射であり、この反射が正常に起こるかどうかをみることで、音に対する神経の状態を見ることができます。
画像診断
レントゲンやCTなどの画像を撮影することにより、腫瘍などの異常がないかなど、目に見える異変を探します。
- X線(レントゲン)
- CT
- MRI
- MRA
- PET
耳鳴りにはどんな治療方法があるの?
今のところ、残念ながら耳鳴りの特効薬と呼べるものはありません。
そのため、いろいろな治療法が試されています。
主な治療法は以下のとおりです。
薬を使う方法
- 内服薬: 確実に耳鳴りを治す薬はありませんが、飲んでも意味がないというわけでもありません。十分に医師と相談の上、服用してください。代謝改善剤、循環改善剤、ビタミン剤、筋弛緩剤、抗てんかん剤、抗うつ剤、抗不安薬(精神安定剤)、睡眠薬、漢方薬など。
- 注射: キシロカイン療法、ATP製剤、ビタミン剤
- 鼓室内注入: 鼓膜に注射し、内耳まで薬液を浸透させようとする治療法です。静脈注射ではなく、直接患部に薬液を入れるので、より高濃度の薬液が内耳に到達すると考えられます。
- ステロイド注入: ステロイドホルモン剤には強力な消炎作用があるので、内耳に炎症があると考えられる場合に行われることがあります。ただし、この治療に効果があるかどうかは医師の間でも見解が分かれているのが現状です。
- キシロカイン注入: 麻酔薬を直接内耳に注入する方法です。ただし、内耳には音を感じる器官だけでなく、平衡感覚を感ずる器官もあるため、副作用として猛烈なめまいが数時間にわたって起こります。したがって入院した上での観察、管理が必要になります。かなりの苦痛をともなう治療であることは間違いありません。しかも麻酔の効果は一時的でしかないことから、この方法を選ぶ医師は少ないと思われます。
音を利用した治療
- マスキング(マスカー)療法: マスカーという雑音の出る器械を使って耳鳴りを抑えるものです。 大半の耳鳴り患者では、大きな音を聞くと耳鳴りが消えてしまうという現象があります(マスキング現象)。さらに、大きな音を聞いた後では、再び静かになってもしばらく耳鳴りがおさまっていることがあります(耳鳴りの後抑制)。 マスキング(マスカー)療法は、これらの現象を利用した治療です。耳鳴りが気になりだしたら、器械からの雑音を聞くことで耳鳴りをコントロールしていきます。 中には、後抑制を利用して耳鳴りをコントロールできるようになる患者さんもいます。そういう方は、マスカーで音を聞くとしばらく耳鳴りがやむと言います。耳鳴りがやんでいる時間は、数分間から数日と、かなりの個人差があります。
- TRT療法 :TRT(療法)とは1990年代にアメリカで始まった治療で、ここ数年欧米では急速に普及してきています。この治療の特徴は、耳鳴りを消すのではなく、耳鳴りが気にならないようにする(順応させる)という点です。発想の転換ともいうべき治療法ですが、考えてみれば、私達の生活の中にも音はあふれています。たとえば、ずっと回っている換気扇の音は気になりませんが、切れた瞬間に「換気扇が回っていたんだ」と気づきます。逆に、静かな寝室で眠れないと、普段気にもとめない時計の小さな音が気になったりします。TRTでは、耳鳴りを「鳴っていても気にならない音」と認識するように訓練していくのです。
心理療法
自律神経を訓練していく方法です。耳鳴りには自律神経が関わっています。自律神経は、体のさまざまな調節をしている神経のことで、交感神経と副交感神経に分けられます。交感神経は緊張しているときに優位になり、副交感神経はリラックスしているときに優位になります。交感神経が優位になっていると耳鳴りを感じやすいことから、自分で意識的に副交感神経を優位にしていく方法を訓練します。
- バイオフィードバック法:さまざまな機械を使って自律神経を訓練していく方法です。脳波や筋電図、脈拍、発汗量、呼吸などの体の状態をモニターで確認しながら、どうすれば自分で自律神経を調節できるか訓練していきます。機械を使うため大がかりになりますが、目でみえる形で確認できるというメリットがあります。
- リラックス法:機械を使わないで自律神経を調整する方法です。「右手が温かい」など、自己暗示を使って自律神経を訓練していきます。医師や心理療法士の指導をあおいで訓練を進めます。
理学療法など
鍼、灸、マッサージ、レーザー、電磁波、低周波など、通気療法
民間療法
催眠療法、サプリメントやいわゆる健康食品など。チョウ葉エキスは欧米では耳鳴りの薬としてよく服用されています。日本ではいわゆる健康食品としての位置づけで、効果については確認されていません。
その他
人工内耳、電気刺激法など
鍼灸では耳鳴りをどう考えるか
西洋医学的に証明されているように、耳鳴りには頸や肩の筋肉の緊張やコリと、自律神経の関与が深く関わっています。内耳を全て切り取ってしまっても耳鳴りが起こるといわれているように、耳鳴りには脳も関係しているようです。
逆にいえば、頸と肩のこりをゆるめ、内耳や脳への血行循環を改善し、リラックスさせて副交感神経を優位にすれば多くの耳鳴りは改善するということです。
鍼は、硬くなった頸や肩の筋肉に直接届き、緊張をゆるめることができます。
鍼を刺す刺激によって血流も改善し、「軽くなった」「やわらかくなった」と感じていただけるはずです。
肩や頸を通って内耳や脳に到達する血管も、硬くなった筋肉によって締め付けられることがなくなります。
お灸によって物理的に温める方法も血行の促進、免疫力の向上につながります。
なにより、鍼灸によって副交感神経が優位になることが知られており、リラックスした状態では耳鳴りが気にならなくなるのです。
また、東洋医学の考え方では「耳」は「腎」が司っていると考えます。
腎臓の腎ですが、臓器としての腎臓というより、「腎」というカテゴリーでくくられた体の機能と考えたほうがよいでしょう。
では、「腎」とはなんでしょうか?
「腎」はまず、「先天の精」が蓄えられているところです。
「先天の精」とは両親からもらった生命力のことで、「腎」にこれが保存されています。
この貯金を使い果たしてしまうと命が燃え尽きると考えられています。
ですから、人間はこの貯金を減らさないように、毎日食べ物や飲み物、空気などから精を得ているのです。
外から得られるこれらの精を「後天の精」と呼びます。
「腎」はいわゆる臍下三寸、丹田といわれる場所にあるともいわれています。
「腎」の働きが弱ると、生殖機能が衰え、耳に問題が起こったり、骨がもろくなったり、朝早く目覚めて睡眠時間が短くなったりします。
また、疲れやすくなるのも特徴です。いわゆる老化現象と呼ばれるものは、腎の働きが弱ることで(つまり、先天の精のストックが減ることで)起こってくると考えられています。
鍼灸では、この「腎」に働きかける治療もできます。
腎の経絡はお腹から足の裏まで続いているので、足に鍼を刺すこともありますし、お腹に打つこともあります。
患部としての耳のそばに打ったり、前述したように頸や肩に打つことも多いのです。
耳鳴りなのに、なぜ全身を治療するのかと思われるかも知れませんが、それはこのような東洋医学的な見地に立った治療をするためです。
耳鳴りが全身におよぼす影響を考えれば、むしろ全身を治療しないほうが不自然と言えるかもしれません。
耳鼻科(西洋医学)での治療で効果のみられない方には、ぜひお試しいただきたい治療です。