無駄はとても大事です by 篠田桃紅 103歳の書道家

私は世田谷区赤堤に住んでいるのですが、最近世田谷線の線路を跨いで、線路の反対側へ引っ越しました。距離にしては大したことはないのですが、生活圏ががらりと変わりました。

世田谷線は松原駅から徒歩30秒の所に、ふと、目に止まったお店へはいってみました。

なんと、イタリアはナポリのシャツ専門店。引っ越しがてら、何か一枚かっていこうと。「お客様にこれかな、こっちが似合うかな」~「開店した経緯などなど」、なぜナポリのシャツに惚れ込んでいるのか、沢山お話をし、早速一枚買うことに。

しかし、そのお店のシャツにはどれひとつと値段がついていなかったのです。

これください、、、といったのですが、買う前に「本当によろしいですか?」と聞かれました。「はい!」と答えたところ「すみません、47,000円なのですが、よろしいですか?」と。

いままで、シャツといっても、一番高いシャツで2万円程度。47,000円のシャツなんて、買ったともないので、躊躇してしまいましたが、そんなとき、ほんの数日前に読んだ103歳の書道家、篠田桃紅さんの記事を思い浮かべ、とりあえず、買ってみようということになり、一枚購入したのでした。

記事の一部紹介します。

ーーーーーーーー

「人は、用だけを済ませて生きていくと、真実を見落としてしまいます。
真実は皮膜の間にある、という近松門左衛門の言葉のように、求めているところにはありません。

しかし、どこかにあります。
雑談や衝動買いなど、無駄なことを無駄だと思わないほうがいいと思っています。
無駄にこそ、次のなにかが兆(きざ)しています。
用を足しているときは、目的を遂行することに気をとられていますから、兆しには気がつかないものです。
無駄はとても大事です。
無駄が多くならなければ、だめです。
お金にしても、要るものだけを買っているのでは、お金は生きてきません。

安いから買っておこうというのとも違います。
無駄遣いというのは、値段が高い安いということではなく、なんとなく買ってしまう行為です。
なんでこんなものを買ってしまったのだろうと、ふと、あとで思ってしまうことです。
しかし、無駄はあとで生きてくることがあります。
私は、3万円だと思って買ったバッグが30万円だったことがありました。

ゼロを一つ見落としていたのです。
レジで値段を告げられて驚きましたが、いい買い物をしたと思っています。

何十年来とそのバッグを使っています。
そして、買ってしばらくしてから、そのバッグの会社オーナーが私の作品を居間に飾っていることを雑誌で知って、あらお互いさまね、と思いました。
時間でもお金でも、用だけをきっちり済ませる人生は、1+1=2の人生です。

無駄のある人生は、1+1を10にも20にもすることができます。
私の日々も、無駄の中にうずもれているようなものです。

毎日、毎日、紙を無駄にして描いています。
時間も無駄にしています。
しかし、それは無駄だったのではないかもしれません。
最初から完成形の絵なんて描けませんから、どの時間が無駄で、どの時間が無駄ではなかったのか、分けることはできません。
なにも意識せず無為にしていた時間が、生きているのかもしれません。

つまらないものを買ってしまった。
ああ無駄遣いをしてしまった。
そういうときは、私は後悔しないようにしています。

無駄はよくなる必然だと思っています。」

ーーーーーーーー

着心地は、、、、mmmm、、、、正直よくわからん?
これから段々と味が出ているのかもしれません。

ところで、このシャツの色、院内で来ている白衣と同じ色です。
この色お似合いです、、、と言われて、篠田桃紅さんのように、何となく、買ってみたのでした。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

記事がよかったらシェアお願いします!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次