最近では、40歳を超える女性に対してPGT-A(着床前胚染色体異数性検査)を勧めるクリニックが増えており、実際にPGT-Aを受ける方も増加しています。
しかしながら、多くの方が「正常な胚(染色体異常のない胚)を得るために、実際にはどれくらいの数の卵子が必要なのか」「そのために何度採卵を繰り返すことになるのか」について、十分に理解されていないのが現状です。
そこで本稿では、女性の年齢に応じて正常胚(euploid胚)を得るために必要なMII卵子(成熟卵子)数を予測するモデルについて述べた論文をご紹介します。
実臨床では、
「何度も採卵してようやく胚盤胞になったのに、PGT-A検査で全て異常胚だった」
「移植できる胚が1つも得られないまま、治療が何ヶ月も続いてしまった」
というケースも少なくありません。
中には、PGT-Aの有用性に疑問を感じ、通常の採卵・移植に戻る方もいらっしゃいます。
こうした繰り返しの治療は、金銭的な負担だけでなく、精神的な不安や喪失感も非常に大きなものとなります。
今回紹介するデータにより、年齢に応じた治療戦略の立て方や、採卵回数の目安を考える際の参考になるかと思います。
もちろん、各クリニックでも独自にPGT-Aの実績データを集計・解析しているところもありますので、ご自身が通院されている医療機関に確認してみるのも良いと思います。
限られた時間と資源の中で、最も効果的な選択をするために、こうした情報が少しでもお役に立てば幸いです。
目的
- 女性の年齢に基づいて、正常な胚を得るために必要な成熟卵子の最小数を推定するツールを探求。
- IVF-PGT-A治療サイクルにおける卵子の年齢と正常胚の関係を分析。
方法
- 2017年1月から2022年3月までのIVF-PGT-A治療サイクルを対象にした後ろ向き分析。
- 2,660サイクルのデータを使用し、80%のデータでモデルを構築、20%で検証。
結果
- 年齢が上がるにつれて、正常な胚を得るために必要な成熟卵子の数が増加。
- 35歳以上の女性では、正常胚を得るために必要な卵子数が平均4.3から39.7に増加。
- モデルの正確性は72%で、正常胚を得る確率を推定。
年齢別PGT-A周期の統計
卵子年齢と胚盤胞数・正常胚獲得率
卵子年齢 (歳) | 生検胚盤胞が0個の周期 (n, %) | 正常胚(euploid)が0個の周期 (n, %) | 正常胚の平均数(95%信頼区間) |
---|---|---|---|
ドナー群(n = 198) (18歳~34歳) | 9 (4.55%) | 17 (8.59%) | 3.8(3.4–4.1) |
35歳(n = 92) | 13 (14.13%) | 20 (21.74%) | 2.57(2.07–3.06) |
36歳(n = 106) | 16 (15.10%) | 33 (31.13%) | 1.73(1.38–2.07) |
37歳(n = 191) | 26 (13.61%) | 62 (32.46%) | 1.47(1.24–1.70) |
38歳(n = 313) | 37 (11.82%) | 114 (36.42%) | 1.35(1.17–1.53) |
39歳(n = 363) | 53 (14.6%) | 153 (42.15%) | 1.07(0.93–1.21) |
40歳(n = 395) | 78 (19.75%) | 231 (58.48%) | 0.67(0.57–0.77) |
41歳(n = 370) | 83 (22.43%) | 242 (65.41%) | 0.52(0.43–0.62) |
42歳(n = 285) | 73 (25.61%) | 208 (72.98%) | 0.33(0.26–0.40) |
43歳(n = 155) | 63 (40.65%) | 134 (85.45%) | 0.17(0.10–0.25) |
44歳(n = 98) | 52 (53.06%) | 90 (91.84%) | 0.08(0.03–0.14) |
45歳以上(n = 94) | 68 (72.34%) | 91 (96.81%) | 0.03(0.0–0.7) |
患者群合計(n = 2,462) | 562 (22.82%) | 1,378 (55.97%) | 0.85(0.80–0.91) |
内容 | 傾向 |
---|---|
0個の生検可能胚盤胞の割合 | 年齢とともに上昇(例:35歳で14.13%、45歳以上で72.34%) |
0個のeuploid胚盤胞の割合 | 急激に上昇(35歳で21.74%、45歳以上で96.81%) |
平均euploid胚盤胞数 | 加齢とともに減少(35歳で2.57個→45歳以上で0.03個) |
グラフA
PGT-A 正常胚を1個得るために必要な成熟卵(MII卵子)の平均数(年齢別)
若年層(18–34歳):約4個のMII卵子で1つの正常胚胚を獲得
40歳:12.2個必要
43歳:約40個必要
44歳以上:必要数の変動が大きく、44歳で約22.8個(95%CI:12.3–154.8)
→ 年齢上昇に伴い、正常胚獲得の効率が著しく低下
年齢層(歳) | 平均値(95%信頼区間) | サンプル数 |
---|---|---|
ドナー(18–34) | 4.3(3.9–4.7) | 198 |
35歳 | 4.9(4.2–5.8) | 92 |
36歳 | 5.9(5.0–7.1) | 106 |
37歳 | 5.8(5.0–6.9) | 191 |
38歳 | 6.2(5.5–7.2) | 313 |
39歳 | 7.8(6.9–8.9) | 363 |
40歳 | 12.2(10.5–14.6) | 395 |
41歳 | 14.8(12.4–18.3) | 370 |
42歳 | 22.8(18.0–31.1) | 285 |
43歳 | 39.7(27.3–72.5) | 155 |
44歳 | 22.8(12.3–154.8) | 98 |
グラフB 生検可能な胚盤胞を1個得るために必要な成熟卵の平均数 年齢別
若年層(18–34歳):約2.6個のMII卵子で1つの胚盤胞(生検可能)が得られる
40歳:3.3個
45歳以上:11.3個(CI:8.1–19.0)
→ 加齢による胚盤胞形成率の低下も明確に見られるが、正常胚獲得よりは影響が小さい
年齢層(歳) | 平均値(95%信頼区間) | サンプル数 |
---|---|---|
ドナー(18–34) | 2.6(2.5–2.8) | 198 |
35歳 | 2.8(2.4–3.2) | 92 |
36歳 | 3.0(2.6–3.4) | 106 |
37歳 | 2.9(2.6–3.2) | 191 |
38歳 | 2.8(2.6–3.0) | 313 |
39歳 | 2.9(2.7–3.2) | 363 |
40歳 | 3.3(3.0–3.6) | 395 |
41歳 | 3.5(3.2–3.8) | 370 |
42歳 | 3.7(3.4–4.2) | 285 |
43歳 | 4.6(3.9–5.6) | 155 |
44歳 | 5.7(4.4–8.3) | 98 |
45歳以上 | 11.3(8.1–19.0) | 94 |
グラフAとBの相関関係のまとめ
視点 | 加齢による影響 | 備考 |
---|---|---|
胚盤胞の数() | 徐々に減少 | グラフB、表の「0個の生検可能胚盤胞」参照 |
染色体正常胚(euploid)の数 | 急激に減少 | グラフA、表の「0個のeuploid胚盤胞」参照 |
1個のeuploid胚を得るための卵子数 | 加齢により大幅に増加 | グラフA |
1個の胚盤胞(biopsied)を得るための卵子数 | 徐々に増加 | グラフB |
臨床的示唆
PGT-Aを利用しても高年齢では正常胚の確保が困難となる可能性が高い
35歳を超えると胚の質(euploidy)の低下が加速
※Euploidy とはPGT-A(着床前遺伝子検査)などで確認される、染色体の数が正常な胚。
40歳以上では、1個の正常胚を得るために非常に多くのMII(成熟)卵子が必要
本稿の論文では、例えば40歳の場合、1個の正常胚を得るために必要な成熟卵の数は12.2(10.5–14.6)です。生検可能な胚盤胞を一つ得るために必要な成熟卵の数は3.3(3.0–3.6)です。
正常胚を得るためにAIが導く最適な治療戦略
① 40歳では1個の正常胚を得るハードルが高い
- 平均で 12.2個の成熟卵子 → 約5個の胚盤胞 → 1個の正常胚
- 卵子あたりの正常胚変換効率が **約8%(1 ÷ 12.2)**と非常に低い
➡️ 1回の採卵で十分な成熟卵子が得られない人は、複数回採卵が必要になる可能性が高い
② 治療計画の段階で「ゴール」と「必要な採卵数」を逆算しておくことが重要
- 例えば「正常胚を2個凍結したい」場合、理論上は:
- 胚盤胞:約10個
- 成熟卵子:約24個以上必要
➡️ 回数・コスト・時間的リスク(年齢上昇による低下)を加味して、事前に明確な治療設計が必要
③ PGT-Aは「選別」ではなく「確率を上げるための統計的戦略」
- 「1回でPGT-Aをして、必ず正常胚が見つかる」と考えるのは誤り
- 年齢が上がるほどPGT-Aによって移植できる受精卵がなくなる可能性も高まる
➡️ 精神的ダメージを避けるには、PGT-Aの正しい理解と適応判断が極めて重要
④ クリニックとの連携とモニタリングが不可欠
クリニックがPGT-A成績を公表していれば、年齢別の参考データとして活用可能
個人差が大きいため、過去の採卵実績から「自分の正確な転換率(成熟卵→胚盤胞→正常胚)」を把握すべき
参考文献
Fertility Steritliy Volume 122, Issue 4p658-666October 2024
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38848954/
コメント